2014年1月7日火曜日

「シーツとふとん」から「トレーシングシャツ」へ

シーツとふとん 1974


 1974年に制作発表した「シーツとふとん」は、現実の大きさを前提とした作品である。
 一晩寝て付けたシーツ上の私の身体の軌跡が<シワ>となって現れている状景を写真に撮り、同じものを2枚印刷し、一枚は壁と床に張りわたし、もう一枚は綿を入れた蒲団に掛けて床上に置いたものである。
 この作品の意図は、自分が付けたシーツ上の痕跡をトレースすることで、毎日無意識にやっていることを意識化することを目指した。
 一晩寝て付けたシワは、肉体の動きの痕跡としては現実であったはずであるが、それを撮影し映像化したことで現実でなくなる。実際、原寸と見えるふとんの上にシーツとして被せて見ると、実際の原寸大のシーツやふとんは現実であるのに対して、シーツ上に印刷されたシワの映像はかつてシワであったことの情報になっている


 撮影されたシーツ上のシワは現実のシワのトレースであるが、実際の行為のトレースでなく、映像で一瞬のうちに取り込む写真である。自分の身体で実際にトレースして確認していないことが、私にとって不満だった。
 しかし、結果として、映像と現実が共存するギクシャクとした表現がかえって現代の情報化時代の問題を鮮やかに表現し、告発することになった。


 1977年の富士山のトレースの表現行為をもとに、トレースが私の造形表現の骨格になった。

富士山のトレース



 2007年に、浅間山をトレースする替わりに自分のシャツをトレースし、水彩で紙上に彩色する作品を創り始めた。
 シャツをトレーシングペーパーで敷き写し、その上にシャツを見ながら水彩を施す作品は、1974年につくった「シーツとふとん」の制作思考と同じになった。しかし、74年の時の実物のふとんはシャツのトレースの線になりシーツのシワは写真でなく水彩画となっている

 1974年の「シーツとふとん」が三次元の立体作品だとしたら、2007年の「トレーシングシャツ」は二次元の絵画作品になった。







 1980年頃より二次元絵画を描くことをハッキリと志向した。現実空間の中で表現行為をどのように絵画に変換できるかを追求しつゝ膨大な量のタブローなどの絵画をつくった。30年以上に渉る、絵を描くことを学んだ結果、「トレーシングシャツ」を絵画として表現できるようになった

2013年12月31日
島州一



Tracing-Shirt171    2013



参考テキスト
審美性について
行為表現から絵画表現へ


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